諏訪WALK
諏訪大社上社本宮

諏訪大社 目 次

諏訪大社は、諏訪湖周辺に4ヶ所の境内地を持つ神社で、本宮(諏訪市)、上社前宮(茅野市)、下社秋宮(下諏訪町)、春宮(下諏訪町)があり、全国にある諏訪神社の総本社です。
諏訪大社は、本殿のない珍しい神社ですが、代わりに秋宮は一位の木、春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体としています。
諏訪大社は、古代の姿を残している神社で、国内最古の神社の一つに数えられ、南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)と記され、信濃國一之宮として信仰されていたようです。
昭和23年に諏訪大社と改称されました。



 
秋宮の節分祭
全国にある諏訪大社の御分社は、1万を超えており、『お諏訪さま』、『諏訪大明神』と親しまれ、信仰を集めています。
諏訪大社で有名な行事の一つに『式年造営御柱大祭』があります。宝殿の造り替えや社殿の4隅に樹齢200年程の樅の木を建てる神事で、『御柱祭』の名で知られています。7年目毎、寅と申の年に行われます。
『御柱祭』は、804年桓武天皇の御代から、信濃国をあげて奉仕がなされ盛大に行われるようになり、現在でも全国から沢山の人が参加し、熱中するお祭りです。
『御柱祭』の見所は、
4月の「山出し」と5月の「里曳き」です。「山出し」では、沢山の観衆が見守るなか巨木の御柱が坂を下る「木落し」、上社では、川を曳き渡る「川越し」あり、壮観な見せ場があります。
「里曳き」では、長持ち、騎馬行列など時代絵巻が見ものです。
大社の御柱がすむと諏訪地方の神社では小宮祭が行われます。
小宮とは、諏訪6市町村(諏訪市、茅野市、岡谷市、下諏訪町、富士見町、原村)の各地区に点在する鎮守様、氏神様、産土神など大小様々な神社のことで、そのほとんどに御柱が建てられています。諏訪大社の御柱祭と同じ年に各小宮の氏子により御柱祭が行われます。
この年は諏訪大社の御柱祭から始まり小宮の御柱祭で一年が終わります。


諏訪大社七不思議

諏訪大社の行事・神事に関わる不思議な現象や神事のことです。上社と下社でそれぞれ七不思議が存在します。

上社の七不思議
元朝の蛙狩り・・・
毎年元旦に行われる神事で、本宮前の御手洗川の氷を砕いて蛙を捕えて、 神前で小弓を以て射通し矢串のままお供えする一年の豊穣を願うのが『蛙狩神事』です。
この蛙狩神事において、御手洗川の氷を割ると必ず2、3匹のカエルが現れる。

高野の耳裂鹿・・・農作物の豊穣を祈って行われる祭典『御頭祭』で
、神前に75頭の鹿の頭を供えたが、毎年1頭は必ず耳の裂けた鹿がいたという言い伝えがあります。現在では剥製を奉納しています。

葛井の清池・・・葛井神社(茅野市)の池に上社で1年間使用された道具や供物を大晦日の夜に沈めると、元旦に遠州(静岡県)の佐奈岐池に浮くという言い伝えがあります。

宝殿の天滴・・・どんなに晴天が続いても上社宝殿の屋根の穴からは1日3粒の水滴が落ちてくる。日照りの際には、この水滴を青竹に入れて雨乞いすると必ず雨が降ったと言われています。

御神渡り・・・
諏訪湖の冬の自然現象で、湖が全面結氷し、その一部がせり上がり筋になる現象のこと。諏訪大社上社の男神が下社の女神に会いに行った足跡とも言われています。

御作田の早稲・・・藤島社で6月行われる『御田植祭』で植えた稲が、7月に収穫できたと言われています。

穂屋野の三光・・・『御射山祭』当日は、必ず太陽・月・星の光が同時に見えるとの言い伝えがあります。

下社の七不思議
根入杉・・・
秋宮境内にある大杉が、丑三つ時になると、枝を垂らして鼾をかいて寝る、と言われています。

湯口の清濁・・・
八坂刀売命(やさかとめのみこと)が下社に移る時、化粧用の湯を含ませた綿を置いたところから温泉が湧き出したという言い伝えがあり、これが下諏訪温泉です。この湯に邪悪人が入ると湯口が濁ると言われています。

五穀の筒粥・・・1月14日夜、米と小豆を44本の葦と一緒に徹夜で煮て、翌朝葦の中に入っている粥の分量の多少で農作物の豊凶とその年の吉凶を占う神事です。

浮島・・・春宮の西側にたびたび氾濫した砥川にあって、決して土が流れてなくなることがなかった島のことと言われています。

御神渡り、御作田の早稲(御作田社で行います)、穂屋野の三光は、上社と同じです。


諏訪大社上社本宮

境内の真中に東宝殿と西宝殿の茅葺の建物があり、本宮で最も大切な御社殿で、寅年と申年毎に交互に建替えられています。

お問合せ
長野県諏訪市中洲宮山1
☎:0266-52-1919

諏訪大社上社北参道 北参道手水舎
明神湯
往古より諏訪明神ゆかりの温泉とされ諏訪の温泉の源泉とも伝えられている。
諏訪大社上社東参道

東参道手水舎 諏訪大社上社西参道
西参道にある鳥居は浪除鳥居と云い当社唯一の木造鳥居である。
紀元二千六百年祭の折建替えられたものを平成二十一年(2009)全解体修理を行い再建立したものである。
高島神社
諏訪氏は当大社の御祭神諏訪大神の子孫で上社最高の祀職大祝となり更に藩主として政治を行った。
この祭政一致の形態は往古より続く諏訪の特徴である。
御祭神は江戸時代初期における高島藩中興の藩主三代の御遺徳を尊びお祀りしている。
五穀の種池
毎年春の御頭祭には近隣の農家の人々が種もみを浸してその浮き沈み依って豊凶を占った池です。

天流水舎
俗にお天水と称される。
どんなに晴天の日でも雫が3滴は屋根上の穴から降り落ちると云われ諏訪の七不思議の1つに数えられている。旱天の祈りにはこのお水を青竹に頂いて持ち帰り雨乞いの祭りをすると必ず雨が降ると云い伝えられる。
神楽殿
文政十年(1827)の建立で祈願者の神楽奉納の御殿である。
四方吹通し入母屋造りで諏訪市の指定文化財の建造物である。大太鼓は神楽殿建立と同時に奉納され胴は樽と同様に合わせ木作りで神龍が画かれている。皮は1枚皮が使われ1枚皮では(牛と伝う)日本一と云われる。この大太鼓は元旦の朝のみ打たれる。
五間廊
現在の建物は安永二年(1773)の建造であり廊下様式切妻造りである。
古記録には神長官・祢宜太夫・権祝・擬祝・副祝の五官着座のことが見えている。
勅使殿
現在の勅使殿は元禄三年(1690)の創建であり安政年間に大修理を加えてある。切妻流れ正面大唐破風造りである。中央の記録では神門戸屋・帝屋とも書かれており建武二年(1335)大祝即位の記録には御門戸屋にて神事があり社殿に布を敷いて其の上に五穀を供えそこに大祝が着座したことが見えている。
また勅使参向の折には幣帛の授受が行われた所である。
元旦の蛙狩神事や御頭受神事も行われた所である。
当時の勅使殿は今の神楽殿の前あたりにあり拝殿の性格をもっていた。

神馬舎(駒形屋)
古くより諏訪大神の神馬の屋形で明治以降は背に御幣を立てた銅製の神馬と木製の神馬が安置されている。
明治二十七年七月の大暴風雨により近くの大欅が倒れて神馬舎は倒壊してしまったのに神馬は前方に十メートル程飛んで微塵も被害を受けなかった。
時恰も日清戦争の勃発した頃であり人々は諏訪明神は神馬に乗って戦場に向われたのであると云って驚き懼れたと伝えられる。
出早社(摂社)
御祭神:出早雄命
例祭日:十月十五日
祭神は諏訪大神の御子神であり地元の人々からはお諏訪様の門番神として崇められている。
古くからイボ石神として敬われ小石を捧げてイボの全快を祈る風習が残されている。
入口御門
文政十二年(1829)建立上社宮大工棟梁である。
原五左衛門親貞とその弟子藤森廣八が構築し巧微な彫刻が施されている。
額堂
全国の崇敬者から寄進された絵馬や額を納めており別名「絵馬堂」とも呼ばれる。
その昔人々は願事をする際に神が乗る為の馬を奉納し祈りを捧げていた。
やがて時代と共に形式が変わり現在のように馬の絵を描いた木札を奉納するようになった。

摂末社遙拝所
文政十一年(1828)の建造である。
昔は十三所遙拝所とも称し前宮を始め上の十三所・中の十三所・下の十三所計三十九ヶ所の摂社末社を遙拝する所であった。
現在当大社の摂末社は約百社あり朝夕この社を通して遙拝している。
大國主社
御祭神:大國主命
例祭日:五月十四日
諏訪大神の御父神である大國主命を祀る社で古事記によれば諏訪大神(建御名方神)は大國主命の第二子と記されている。
東御宝殿
御神輿及び御神宝を奉安する神聖な御殿であり一般の神社の御本殿に相当する。
寅年と申年毎に一殿新しく造り替え遷座祭を行っている。
宝殿が二殿あるため仮殿に御遷座の必要がなく新造の宝殿に直ぐ御遷座になるのである。
最も古い記録に拠れば新造して六年経った宝殿に御遷座になり旧殿を新造してまた六年を置くのが本義であり今も新旧二殿が平素共存している。
四脚門
四脚門は天正十年(1582)の兵変によって焼失したものを慶長十三年徳川家康が時の勘定奉行大久保長安(佐渡金山奉行を兼ねる)に命じて建立させたものである。
この門はかつては大祝(祭神の子孫であり神を顕現する者)だけが最上段の硯石と呼ばれる磐座へ登って行った門である。

西御宝殿
御神輿及び御神宝を奉安する神聖な御殿であり一般の神社の御本殿に相当する。
寅年と申年毎に一殿新しく造り替え遷座祭を行っている。
宝殿が二殿あるため仮殿に御遷座の必要がなく新造の宝殿に直ぐ御遷座になるのである。
最も古い記録に拠れば新造して六年経った宝殿に御遷座になり旧殿を新造してまた六年を置くのが本義であり今も新旧二殿が平素共存している。
温泉手水
勅願殿
勅願とは天皇の祈祷という意味である。
当社の場合この建物は祈祷を行う場所である。
建立は元禄三年(1690)といわれ建物の配置は諏訪大神の御神霊が宿る守屋山(御神体山)に向かい建てられ古図には祈祷所と記されている。
幣拝殿が大社の恒例祭典や重要神事を齋行して國家安泰公事の祈願を執行する場所であるのに対して勅願殿は個人私事の祈祷を行う場所である。
片拝殿・幣拝殿

①諏訪大社上社北参道
②北参道手水舎
③明神湯
④諏訪大社上社東参道
⑤東参道手水舎
⑥諏訪大社上社西参道
⑦高島神社
⑧五穀の種池
⑨天流水舎
⑩神楽殿
⑪五間廊
⑫勅使殿
⑬神馬舎(駒形屋)
⑭出早社(摂社)
⑮入口御門
⑯額堂
⑰摂末社遙拝所
⑱大國主社
⑲東側宝殿
⑳四脚門
㉑西側宝殿
㉒温泉手水
㉓勅願殿
㉔片拝殿・幣拝殿



諏訪大社上社前宮

前宮御本殿は内御玉殿から200m程上段で、古くは神殿に附属したお社でした。高台では豊富な水や日照りが得られる地で、御祭神が最初に居を構えられ、諏訪信仰発祥の地と伝えられています。現在の社殿は昭和七年伊勢の神宮の御用材を以て建てられたものです。

お問合せ
長野県茅野市宮川2030
☎:0266-72-1606

諏訪大社上社前宮参道 上社前宮手水舎 十間廊
古くは『神原廊』と呼ばれ、中世まで諏訪祭政の行われた政庁の場で、すべての貢物はこの廊上で大祝の実見に供された。
毎年四月十五日の酉の祭には鹿の頭七十五がそなえられたが、これらの鹿の中には必ず耳の裂けた鹿が入っていることから諏訪の七不思議の一つにかぞえられた。
上段に大祝の座、つぎに家老、奉行、五官の座があり、下座に御頭郷役人などの座も定められ、左手の『高神子屋』で演ぜられる舞いを見ながら宴をはった。
内御玉殿
諏訪明神の祖霊がやどるといわれる御神宝が安置されていた御殿である。
諏訪明神に神体なく大祝をもって神体となすといわれたように諸神事にあたってこの内御玉殿の扉をひらかせ弥栄の鈴をもち眞澄の鏡をかけ馬具をたづさえて現われる大祝はまさに神格をそなえた現身の諏訪明神そのものであった。
現在の社殿は昭和七年改築されたものであるが以前の社殿は天正十三年に造営された上社関係では最古の建造物であった。

諏訪照雲頼重の供養塔
この地は、もと大祝様御屋敷地といわれた神殿に近く、明治初年に五輪塔及び多宝塔等の石造物残欠が多数出土し、付近住民によって私有地の一角に保存されてきた。
当時は五輪塔火部に照雲との銘が判読できたという伝承があり、中世前期の形式をそなえた貴重な歴史的遺物である。
照雲とは上社大祝をつとめた三河入道頼重のことで『太平記』にも名をとどめ、建武二年(1335)七月十四日に北條氏再興をはかってこの地に決起し、北條時行(高時の遺児亀寿丸)を擁立して中先代の乱を戦い鎌倉を占拠した信濃勢の総大将であった。
しかし、足利勢の大軍に敗退し、八月十九日、遂に勝長寿院大御堂にて壮絶な自害をして果てたと記録されている。
近年これら石造物も風化損傷がひどくなり地元保存会が補修整備を行ったものである。
名水『水眼』の清流
古くからすいがと呼ばれ、山中より湧出する清流は、前宮の神域を流れる御手洗川となり、昔からご神水として大切にされた。
中世においては、この川のほとりに精進屋を設けて心身を清め、前宮の重要神事をつとめるのに用いたと記録されている。
この水眼の源流は、これより約1kmほど登った山中にあるが、昭和五年に著名な地理学者三沢勝衛先生によって、はじめて科学的調査がされ、その優れた水質は『諏訪史』第二巻に取りあげられている。
上社前宮本殿
前宮とは上社本宮に対し、それ以前にあった宮の意味とも考えられている。
前宮の祭神は、建御名方命と、その妃八坂刀売命と古くから信じられ、ここ前宮の奥に鎮まるところが墳墓と伝えられる。
古来より立ち入ることが固く禁じられ侵すときは神罰があるといわれた。
四方には千数百年の歴史を有する御柱が七年目毎に建てられ、現在の拝殿は昭和七年に伊勢神宮から下賜された材で造営されたものである。
小町屋の中小路
小町屋集落は前宮を中心として大まかに三本の道筋が通っている。
その真ん中を上がっていく道を中小路と呼んで、戦前までは一般の人々の前宮本殿への参詣道路であった。
中世古文書資料等から想定されるところでは、この中小路の両側には水眼の清流をはさんで、前宮神殿に居館を構えた現人神の上社大祝に直属する家臣たちの屋敷地が建ち並んでいたと思われる。
また精進潔斎し、穢れをとって前宮の神事や祭礼に奉仕する人たちの精進小屋なども設けられたところで、景観は大事に保存したい。

①諏訪大社上社前宮参道
②上社前宮手水舎
③十間廊
④内御玉殿
⑤諏訪照雲頼重の供養塔
⑥名水『水眼』の清流
⑦上社前宮本殿
⑧小町屋の中小路



諏訪大社下社秋宮

旧中山道と甲州街道の分岐点に鎮座しており、鳥居を入って正面の大きな木は根入りの杉と呼ばれ樹齢約800年の御神木です。

お問合せ
長野県諏訪郡下諏訪町5828
☎:0266-27-8035

諏訪大社下社秋宮参道 下社秋宮手水舎 御神湯 鹿島社(末社)
御祭神:武甕槌命
例祭日:九月一日

子安社(末社)
御祭神:高志沼河姫命
例祭日:十二月二十二日
月次祭:毎月二十二日
高志沼河姫命は諏訪大神(建御名方神)の御生母の神で御本社は新潟糸魚川の奴奈川神社である。
古来縁結び・安産・子育ての守護神として諏訪大神を補佐されお子安さまとも称され親しまれている。
底を抜いた柄杓は安産の祈願やお礼参りに奉納されたもので水がつかえず軽く抜ける如くに楽なお産が出来るようにとの願いが託されている。


賀茂上下社(末社)
御祭神:賀茂別雷神(上賀茂)
     玉依媛命(下鴨)
     建角身命(下鴨)
例祭日:五月十五日

八坂社(末社)
御祭神:素戔鳴尊
     八柱御子神
     奇稲田姫命
例祭日:六月十五日
右片拝殿
安永十年(1781)初代立川和四郎富棟により造営された。
幣拝殿に比べ彫刻などは見られず江戸時代の記録には幣拝殿は帝屋(御門戸屋)片拝殿は回廊と記されている。
幣拝殿
この建物は御幣を奉ずる幣殿と拝殿が一体となったものである。
二重楼門造りと呼ばれ二階は跳勾欄(先の反った欄干)を回し全体に見事な彫刻が施されている。
諏訪高島藩の命により安永十年(1781)に初代(立川流)棟梁立川和四郎富棟によって造営された。
左片拝殿
安永十年(1781)初代立川和四郎富棟により造営された。
幣拝殿に比べ彫刻などは見られず江戸時代の記録には幣拝殿は帝屋(御門戸屋)片拝殿は回廊と記されている。

神楽殿 皇大神宮社(末社)
伊勢神宮の御祭神
天照大神・豊受大神
例祭日:十月十七日

若宮社(摂社)
御祭神
建御名方彦神別命・伊豆早雄命・妻科比賣命・池生神・須波若彦神・片倉辺命・蓼科神・八杵命・内県神・外県神・大県神・意岐萩命・妻岐萩命
お諏訪さまの御子神十三柱をお祀りしている。
例祭日:一月一日 毎月一日

稲荷社(末社)
御祭神
倉稲魂神・佐田彦命・大宮賣命
例祭日:四月九日
千尋社 八幡山
八幡山には八幡社と恵比寿社が祀られている。
秋宮恵比寿社は諏訪大神の御父神大國主命と御兄事代主大神を御祀り申し上げております。
この二柱の大神は農漁業の開祭・商工業の発展に誠にあらたかな神様であり又家繁栄の守護神として世に福の神大國様恵比寿様と其の御神徳を称へ申し上げて殊に諏訪大神と非常に御縁故の深い神様でありますので御本社出雲大社及美保神社からはるばる御分霊を御受け致しまして昭和二十三年十一月二十日御鎮座祭をいたし当大社の末社として奉斎致してあります。
祭日:
毎月二十日・・・月次祭
四月二十日・・・春季例大祭
十一月二十日・・・秋季例大祭

①諏訪大社下社秋宮参道
②下社秋宮手水舎
③御神湯
④鹿島社(末社)
⑤子安社(末社)・賀茂上下社(末社)・八坂社(末社)
⑥右片拝殿
⑦幣拝殿
⑧左片拝殿
⑨神楽殿
⑩皇大神宮社(末社)・若宮社(摂社)・稲荷社(末社)
⑪千尋社
⑫八幡山



諏訪大社下社春宮

社頭から真直ぐ伸びる道路(約800m)は、かつては春宮の専用道路で、流鏑馬を競った馬場でした。途中の御手洗川に架かる下馬橋は、下社で最も古い建物で遷座祭の折に神輿はこの橋を渡ります。

お問合せ
長野県諏訪郡下諏訪町193
☎:0266-27-8316

諏訪大社下社春宮参道 下社春宮手水舎 神楽殿
御神前にお神楽を奉納するための建物で落成は江戸時代前期天和年間(1681~1684)ころのものである。
筒粥殿
下社特殊神事の一つである筒粥神事の神粥炊上げが行なわれる建物で毎年一月十四日夜から十五日早朝にかけて神職がいろりを囲み一晩中葦筒を米と小豆の粥に入れて炊込み葦筒四十四本の内四十三本は作物の豊凶を残りの一本は世の中を占う。
土間中央のいろりは江戸時代初期のものである。

子安社(末社)
御祭神:高志沼河姫命
例祭日:六月二十二日
お諏訪さまの御母神である高志沼河姫命をお祀りする。
昔からお産の守り神として親しまれ底の抜けた柄杓は水が通りやすいようにお産も楽にと願いを込めて奉納されたものである。
右片拝殿
片拝殿とよばれるこの建物は幣拝殿と同じ安永九年(1780)地元の大工柴宮(伊藤)長左衛門により造営されたものである。
秋宮に比べて幅が短く屋根は片切りになっている。
幣拝殿
この建物は御幣を奉ずる幣殿と拝殿が一体となったもので幣拝殿とよばれている。
建築様式は二重楼門造りで全体に見事な彫刻が施されている。
棟梁は地元の宮大工柴宮(伊藤)長左衛門で秋宮と同じ絵図面で秋宮幣拝殿より一年早い安永九年(1780)に落成した。
春秋両宮は社殿構造は同じで当時は双方で技術が競われた。
左片拝殿
片拝殿とよばれるこの建物は幣拝殿と同じ安永九年(1780)地元の大工柴宮(伊藤)長左衛門により造営されたものである。
秋宮に比べて幅が短く屋根は片切りになっている。

若宮社(摂社)
御祭神
建御名方彦神別命・伊豆早雄命・妻科比賣命・池生神・須波若彦神・片倉辺命・蓼科神・八杵命・内県神・外県神・大県神・意岐萩命・妻岐萩命
お諏訪さまの御子神十三柱をお祀りしている。
例祭日:七月一日 毎月一日
上諏訪社(末社)
御祭神
建御名方神
上の諏訪、つまり上社の御祭神をお祀りしている。
例祭日:七月十五日
下馬橋
社頭から真直ぐ800m程伸びる道路はかつては春宮の専用道路で、下社の大祝金刺一族を始め多くの武士達が流鏑馬を競った馬場でした。途中の御手洗川に架る下馬橋は室町時代の建立ですが、建築様式は鎌倉時代のもので1730年代の元文年間に修築されましたが、下社では最も古い建物で遷座祭の折に神輿はこの橋を渡ります。
浮島社
清め祓いの神を祀り六月三十日の大祓式、夏越の祓いはここで行ないます。鎌倉武士が御射山の祭典に参列する時まずこの川で身を清め八島高原へ登山したと伝えら れます。

①諏訪大社下社春宮参道
②下社春宮手水舎
③神楽殿
④筒粥殿
⑤子安社(末社)
⑥右片拝殿
⑦幣拝殿
⑧左片拝殿
⑨若宮社(摂社)
⑩上諏訪社(末社)
⑪下馬橋
⑫浮島社




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